【スイス・首都ベルン ~川遊び編~ 】

窓から見える

景色が美しい、こんなベルンの朝。

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この日は、

今までトライした事が無かったので

ベルンのアーレ川を泳いでみた。

なかなかの撮れ高・・・

ちょうど熱波が過ぎ去った直後の時期だったこともあり、

外気は30℃を余裕で超える暑さ。

スイスは基本的にこんなに暑くなることが想定されていないので

家にクーラーとか、ない。

しかも、ちょうど滞在時期は水温が24℃以上ある、って事で

誰も彼もが、泳ぎにやってくる。

朝飯食ったし、え?泳ぐっしょ?みたいな感じで。

日常的な娯楽の一部のようです。

上流の方ではボート漕ぎ大会?みたいなのもやっていた。

軽く川岸でストレッチをしてから、

いざ川に入ってみる。

足首が浸る感覚。

気持ちがいい。

そのまま、肩までダイブ。

足の裏からダイレクトに伝わる、丸くてゴロゴロした

石の感触。

川岸はとても浅いが、1メートルほど離れると

急に深くなる。

173cmの僕でも、かろうじて足がつくか、という感じ。

川の中央は、さらに深いものと思われる。

結構、水流も速い。

気をぬくと流されそうになります。

周りのみんなを見ると、

自分の荷物(靴とか着替えとか携帯とか)を丸ごと

防水のバッグに詰め込んで、それを浮き袋として

それに捕まって泳いでるんですね~~~~。

なるほど賢い!!!

そしたら、泳ぐのに飽きたらそこから

陸に上がって帰ればいいもんね。

そのことを知らなかったので

靴とか脱いで荷物を川沿いの道の端の方において、

(基本、治安いいので盗もうとするやつはいなかった)

わざわざ上流まで少し歩いて、少し泳いで、

また戻って、、みたいな事を繰り返してました。笑

あとは、ひたすら水切りの練習をしました。

普段やらない事にトライして、

普段味わわない感覚をたくさん肌で感じる事ができました。

こんな夏休み、なかなか無かった。

___

午後は、カートの奥さんがストリートライブに一緒に来たい、というので

シェイカーで参戦してもらいました。笑

そして、僕のソロもこんな様子で、撮ってもらいました。

ソロパフォーマンスでの演奏も、

ある程度パターンが出来てきたので

これからどうバリエーションを作っていくか、

という感じ。

若い人からの反応が良くなってきた。

さて、スイス滞在もあとわずか。

【スイス・首都ベルン ~ホームパーティーとキッズの才能。編~ 】

さて、この日は

カートの計らいで

「ジャズ&チーズが最高だろう」って事で

友人たちを呼んで音楽を演奏したりしてパーティーしよう。と言って

友人たちを呼んでのヒームパーティーをセッティングしてくれました。

粋な大人だなぁ。

スイスの食べ物はチーズフォンデュなど有名ですが、

こちらは

ラクレット

と呼ばれる、チーズを溶かして食べるシリーズです。いや、最高かよ。

そして、5年前に初めてスイスでライブをやった時のドラマーのDavidも駆けつけてくれ、

ハンド・ソニックというデジタルパーカッションと、

12インチのガチめのスピーカー(バブリーに光る)を持ってきてくれてw、

感動の再会。

ギターのジャン・ピエールさんも一緒に突発セッション。

Davidとのデュオからの、色々その場の雰囲気で。

途中でカホンで乱入してくるのはレオンくん(かわいい)

レオンくん、パーティーが始まるまではニンテンドーDSで暇そうに遊んでたのだが

midiキーボードを与えてみたら、「あっこの音好き!」とか言って

何も教えてないのにどんどん勝手に才能爆発していって

最後はめちゃカッコいいエレクトロ風になってたww

レオンくん電子楽器に興味津々の様子。

キーボードを習っている、とはいえ

自分でどんどんMacbookの音色のチャンネルを弄り出したりして

子供の可能性って無限大だなぁと思わされました。

というわけで夜遅くまでまったり飲んだり話したりと、

終始みんなハッピーな感じで超ナイスパーティーでした。

いい夜だった。

【スイス・首都ベルン ~ストリートライブ編~ 】

さて、ジュネーブではストリートにトライできなかったので、

ベルンではどうか。早速リサーチと共に、

ある程度の場所の目星はついていたので、行動開始。

カートに

ベルンの街の規約を調べてもらったら

●メンバー2人以内ならおk。

・・・ふむ、一人だしいける。

●爆音すぎなきゃおk。

・・・ふむ、曖昧だが、まぁ1000Wのアンプを持ち出すわけじゃあるまいし

まぁ平気だろう。

●場所を30分おきに変える事。

・・・なるほど、一個のお店の前とかで固まり続けると

営業妨害になっちゃうからね。そんな事も考慮されているのだろう。

●ドラムがいなければおk。

・・・ドラマーにはかわいそうな規約だなw

(これを読んで、「ケツドラムならきっと大丈夫だろう(笑)」とかいうカートの謎のジョークがしばらくツボだった。Ass Drum って言って爆笑してたw)

よし!!これならいけるんじゃね!

って事で散策開始。

ベルンのメインの商店街には

土曜日だった事もあり、たくさんの人たちが出歩いていて

結構足を止めてくれました。

そして、人々の視線が暖かい!!

なんと、いきなり5Fr.- (スイスはEURO加盟国ではない永世中立国なので通過はスイスフラン。

1フランが約110円くらい)

のデカイ硬貨を投げ入れてくれた兄さんがいて、

「俺もベースをやってるんだ、サウンズグレイトだぜメーン」みたいな暖かい言葉をくれる。

そのあとも立て続けに5Fr.-硬貨を投げてくれる人続出して、、

「景気いいな!!!」と。

スイスは物価も高い代わりに所得水準も高いので、

それを肌で感じる手応えがありました。

演奏内容はこんな感じとか。

というわけで、規約を守って場所をちょこちょこ変えながら2時間程度演奏。

前半は調子良かったものの、

後半は人通りも減ってきて、減衰気味。

しかし、いい手応えでした。

帰りに報告用のムービーを撮影していたら、

途中から楽しい人映り込んできたww

【スイス・首都ベルン ~どのようにしてスイスに滞在したのか?編~ 】

というわけで、更新が滞りましたが

スイスの首都・ベルンに到着したところからです。

ベルンを訪れたのは2013年と2015年以来なので、

3回目ともなると「お~~久しぶり!」という感じの

駅前です。

「ベルン」は、英語だと「Berne」(バーン)、

スイスドイツ語だと「Bern」(ベルン)

ってなります。

それにしても、スイスというと

チューリッヒとかジュネーブなどの都市の方が有名で、

首都どこ?って聞かれて「ベルン」ってすぐ答えられる人は

なかなか少ないのではないか。というくらい、

あまり聞き馴染みがない都市ですよね。

さて、滞在先のお宅はこの中央駅から

トラムで10分弱、丘を登ったところです。

アーレ川という半円状に流れる川に囲まれるような形で旧市街が広がっている。

さて、

今回はスペインでのようにユースホステルではなく、

スイス人の友人の立派なアパートにお世話になったのですが。

なぜそんな事が可能かと?

遡ること約6年前です。

突然、メールが届きました。

「君たちのバンドの映像を見つけた。興味があるのでインタビューしたい。」

趣味でJazzのブログを書いているらしいスイス人のアカウントから届きまして。

それからしばらくネットでやり取りをしていたのですが、

いざ5年前にヨーロッパに行く際に、

どんな人なのだろうか?

せっかくだからスイスに彼に会いにいってみようと。

Facebookを頼りに彼の顔などを知っていたので、やり取りを進めつつ

実際にベルンに初めてたどり着いた時に彼の事はすぐに分かり。

実際にお会いしてみたら、非常に聡明で、ハイスペックなお仕事をされている

クレバーな、「カート」というスイス人でした。

当時、実際に初めて会うにも関わらずカートは暖かく迎えてくれて、

しかも当時彼は2本のライブをオーガナイズしてくれて、

ベルンのJazzクラブをブッキングしてくれて集客なども手掛けてくれたのでした。

(遠い目)

それからの付き合いで、日本に帰ってからも事あるごとに僕にJazzブログの件でインタビューをくれたり、なにかと気にかけてくれており。

ヨーロッパに行く際はいつもお世話になっちゃってます。

朝ごはんにはチーズ

そしてコーヒー。

スイスは、蛇口を捻れば文字通り、アルプスの天然水が出てくる。

空気は気持ちがいい。

果物も美味しい。

素敵だ。

_____

到着したその夜は、

いきなり、アルプスの郊外で

●野外のブュッフェを嗜んだあと

●屋外での映画上映を楽しむ

というなんともリッチなイベントに誘って頂き、着いていく事に。

車でさっそく郊外に連れ出してもらうと一気にアルプスの雰囲気。

なんと5年前のライブに来てくれていた

カートの友人たちと、サプライズで再会を果たしました。

みんなで談笑・食事のひととき。

素晴らしい景色の下での食後の後は、

野外に設置されたスクリーンの前に並ぶシート。

さすがスイスの山。

夜になるとかなり冷え込むので、各シートには

スイスアーミー(軍隊)使用の毛布が置かれていました。

これが本当にあったかい。

さてここで見た映画の内容がかなりディープで、

レバノンの裁判沙汰を綴ったポリティカルな内容のものでした。

・セリフはアラビア語

・字幕はドイツ語とフランス語

という、ほぼ全く理解できないまま観劇。(カオス)

しかし作品自体は

アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、2017年ベネチア国際映画祭 最優秀男優賞受賞。「ジ・インサルト」という、素晴らしい評価を受けているものでした。

カートの奥様がレバノン出身の人で

レバノン内戦の事などを教えてくれた。

(奥様は、内戦の間パリに逃亡し、いろいろなバンドのバックシンガーとして

歌っていたのだとか!)

映画の中でもレバノン内戦の描写や、それにまつわるしがらみの話が出てきた。

日本の中に居るだけでは絶対見えてこない、考える事もないような世界が、

すぐそこで話題に上がる。

観劇したみんなも、それについて普通に議論をしている。

でも、こんなシチュエーションでもなければ

僕はこんなことを考えることがあっただろうか。

お互いの事を理解するってどういう事だろう。そんな事を考えた、

印象深いベルン初日の夜だった。

【バルセロナ→ジュネーブ経由でベルンに移動】

フライトのミスブッキングの解消から、そのしわ寄せとして
予定より早く移動することになってしまい

サグラダファミリアを見た直後にホテルをチェックアウトして
きた時とは違うバスターミナルに辿り着いて深夜バスに飛び乗って、
(またもやバス移動、w)
10時間くらいかけてバルセロナからジュネーブに
移動しなければならないという、
唐突に訪れる時間との戦い。

その様子は動画でお楽しみください。
マジで、

バスターミナルついてから、想像以上に広いし
カウンターも閉まってるし、乗り場が分からず
一瞬マジで詰んだかと思いました。汗

という訳で、
イマココ

【バルセロナ・サグラダファミリア編】

情報量が多すぎたので、
ひとまず写真のみでお送りします。

駅を降りた瞬間これが目に飛び込んできた。
すごすぎた。

【バルセロナ・街歩き編】

フライトのブッキングミスをなんとか解消してほっと翌日。
今日は、友人のゴスペルシンガーであるMARISAさんのご紹介で、
古くからのご友人であるというネウスさんが
息子くんとワンちゃん連れて隣町から来てくれて、
色々とバルセロナを案内してくれました。
まずはハイブランドが並ぶ大通りから。

銀座のようだ。

そして、このグラシア通りという大通りに
早速ガウディの建築が。
カサ・ミラ、そしてカサ・バトリョ。いずれも 文化遺産 です。
ファンタジックな外観。
そしてバルセロナ最大のJazzクラブとフラメンコのタブラオが隣合わせ。

ちなみにバルセロナでは
勝手にストリートやると警察に機材没収されるから気を付けて、
と脅されていたので、
パーミッション(許可証)を得るために途中でネウスさんが一緒に
市役所に連れてってくれたんだけど。
許可が下りるのに数日かかるとの事で、
そしたらもうバルセロナ居ないわ。。ってなって断念。

そして、
バルセロナの中心地から40分くらい歩けば海に出れる。

コロンブス はイタリア人だけど、例の1492年アメリカ発見の船旅を当時のスペインのイサベル女王が支援したそうで、
女王に会いにバルセロナに寄ったらしい。

ヨーロッパにやってきて
ようやく見ることができた海をみてしばし休息。

帰り道で、ネウスさんの息子のポールくんが
ネウスさんと僕が英語で話し続けているのに
スネてしまって、ちょっとかわいそうだった。

彼は、カタルーニャ語が母語で、スペイン語も
もちろん理解するのですが。

僕にも一生懸命サッカーやアニメのことなどを
カタルーニャ語で話してくれたりして、
コミュニケーションをとっていました。

この時初めて知ったのですが、
カタルーニャ語とスペイン語は、
まるで違う言語のようでそのことに驚きました。

宿に帰り着いて、
僕は「お別れの前にちょっと待ってて!」と行って、
ベースとアンプと、そして
念のため日本から持ってきていた
ハイパーヨーヨーを部屋から持ってきました。

まずは今日案内してくれた2人に、
ベースソロで1曲演奏を披露。
ここでポールくんのご機嫌回復!笑

そして、今度は
ハイパーヨーヨーを披露して見せました。
(小学生の時に覚えたw)

ポールくん驚くの巻。w

そして、そのヨーヨーを
ポールくんにプレゼントしました。
「youtubeかなんか見て色々技を覚えるといいよ」
と言って渡したら、とても喜んでいました。
よかったよかた。

たぶん彼的には僕は
「ヨーヨーの人」になってしまった事だろう。
よいのだ。

ネウスさん、ポールくん、
そして暑いのに最後まで付き合ってくれた
ワンちゃん、ありがとう。

【バルセロナ初日~ここで最大のミス】

バルセロナには早朝に到着。

駅の様子はこんな感じで、まだ人も少なく

清々しい朝だ。

ちゃんとカフェなんかも早くから営業している。

って事で、目指す宿のチェックまで時間があるので、カフェでしばし記録の整理。

こういう時間でTwitterとかインスタ更新したりしてます。

そして向かうは宿、、と思ったら、

途中で気付いた。

「駅から遠いわ。これ。」

総重量10kg以上ある荷物で駅から遠いのは

死活問題なので、急遽引き返し、

宿を変える事に。

すると、、なんとあるではないか。

ジム付きの素晴らしい宿が。。

駅からも近い。

(しかも相場の中でかなり安い)

というわけでその駅に移動、

着いた先は

こんなスポーティーな宿。

バルセロナで会う事になっていた

友達のゴスペルシンガーまりりんの紹介である

ネウスさんという方は、翌日会う事になっている。

なので今日のうちに、

次の目的地である

スイス行きのフライトを

確定ささてしまおう、と思い

ネットで飛行機を調べる。

・・・・・・・

・・・・

・・

凄く安い!

バスよりも安い!

と、ここで調子に乗って

急いでブッキングしてしまったのが

悲劇の始まりであった。

予約確認メールを見ると、

「Sep. 16th」

。。。

ん。。。

セプ、、、

来月。。。

来月の飛行機のブックをしてしまった僕。

知らずのうちに集中力が欠如していた模様。。

凡ミス。orz

ええい仕方ない、と、

これを修正する作業が

えらい大変で

1日費やしました。

アップチャージでフライト変更ができると知る

→アップチャージして3日後のフライトに変更、

と思ったら、なぜか元のフライト代も加算されて金額がえらい事に。

いや、これはおかしいと思い

easy jetのウェブサイトから

担当者とメッセージチャットで

訂正のやりとり。

(イギリスの会社という事もあり、英語でのチャット。文章でのやり取りなので、かえって安心。

ここは非常に丁寧かつ的確に対応してくれたので感謝。)

結果的に、キャンセル料は発生するものの

フライト自体を取り消すという、トホホな結果に。

そう、こういったLC系のフライトのポイントとして

手ブラな人なら

40とか50、直前で高くても100€とかの

チケットが見つかる事も良くあるのですが、

荷物。

ひとつ増えるごとに15€、とか

会社によって違うけど、

僕の場合ベースとキャリーバッグ

これらを預けるだけで30€のアップチャージに、、、

会社によっては2個預けたら60€いったりとか

結果、全然お得感ない、、っていう。

なのでこういった格安航空を利用される方は

その辺りを気をつけられると

とてもよいかと思います。

という訳でこの日は

ほぼミスブッキングの取り消しに費やしていたら

ジムの営業時間も終わってしまい。

ぐぬぬぬ!な感じでしたが

気持ちを切り替えて、

いい勉強をした!と思う事にしました。

つづく

【マドリード帰還からのバルセロナへ】

マドリードへ戻るバスで爆睡し、

お昼すぎにマドリード到着。

なんと次の移動は夜0時、またもやバスで

バルセロナに向かう、という強行スケジュール。

これを選択したのは、

先日もマドリードで再会したフラメンコダンサーの

AYASAちゃんの出演するショウを観るため。

もはや懐かしさすらある

Sol広場、、

ネット環境を得るため

この近くのスタバで、しばしノマドワーク。

スタバでバルセロナ行きのバスとか宿とか調べてたら、

スペインのおばあちゃんが隣に座ってきて、色々質問攻めに合う僕。。笑
全部スペイン語だから完全に分からないんだけど、

Google翻訳に一生懸命タイプしてくれて交流が始まった。

色々旅の話をしつつ無事にバスも宿も決まったので、

ばあちゃん一緒に喜ぶの巻。
かわいいばあちゃんだったので一緒に写真を撮りましょうと言ったら
シワだらけだから写真なんていやよ、と言いながら

「旅の幸運を祈る」と言ってくれて握手して

スペイン式・頬にキッスで颯爽と帰って行った。

素敵すぎた。

この近くにマヨール広場という、

最初の宿からもほど近いところに

タブラオ「ラ・カルボネラス」

がある。

その手前には有名な

サン・ミゲル市場

があり、ここで大量のフルーツ。

桃の亜種(?)をGET。

そして、フラメンコのショウへ。

本当にすごい。

最初にマドリードで観たショウよりも、

さらにトラディショナルで、より伝統的な形での

ショウだったように感じたのですが、

とにかくバイレ(踊り)の一人一人のソロパフォーマンスが

尋常じゃなく素晴らしく、、

全員の一体感と高まり方が、

本当に一本に繋がっているように感じた。

どこでスイッチを入れて加速しても全員ビタっっっと

ついてくる。

壮絶なエスコビージャ。

これが、「Ole」ということなのか。

少し分かってきた気がした。

そんなことをうまく言葉にできないまま
AYASA氏やメンバーたちに挨拶し、

深夜0時に発車するバルセロナ行きのバスに
飛び乗るため、バスターミナルの駅に向かったのである・・・

ラ・カルボネラ・・・・・

つづく

【セビージャ編・4日目夜~最後のストリートからのナイトクラブ】

というわけで昼にペニーと別れたのち、

パーカッションで本来コンクールで

一緒に演奏してもらう予定だった

モイセくん(日本とスペインのハーフ)

と、せっかくだし何か一緒に演奏できたら

いいねと言っていたのですが、

彼の仕事の都合で深夜しか空いていないと。

ならば、せっかくだから深夜に

セビージャのクラブにいこう!

という事に。

それまで時間があるので、

セビージャ最後のストリートライブに

臨む事に。

途中で放し飼いのモップみたいな犬に

追いかけられるだけの動画

さて、

場所も定まってきたので

セッティングも慣れてきて、

なんなら他のストリートパフォーマー達とも

なんとなく、「おっ、今日もか(^^)」

みたいな感じの、非言語コミュニケーションが

生まれてきて面白い。

このまま毎日続けていたら、

セビージャに溶け込めるのではないか

とさえ思えてくる。

が、仕方がない。今回は今夜が最後。

しかもこんなに立派なカテドラル

世界遺産の前で演奏できる事など

そうそうないだろう。

とか思いながら、今日も

様々なビートを試す。

割と始めるのが遅かったので、

夜0時を回るくらいまで演奏。

徐々に人通りも減ってきて、

後半はしっぽりした演奏に。

今日も様々な人が声をかけてくれ、

稼ぎもかなりのものに。

2EUROコインを入れてくれた人も

結構いて、

ストリートにて時給1000円を

超える事に成功。

またもや帰りにアイスを買う。

これが本当に美味しい。

実際にクオリティも高いのだが、

自分の演奏で、しかも無の状態から

稼いで得たお金で買うアイスは

美味いんだ。

ホステルに戻って、翌朝の

出発に備えてパッキングを済ませて

仮眠していたらモイセくんからの連絡。

さっきのストリートを手ぶらでダッシュで横切り、

合流。

すると、

車で向かった先はなんと

翌朝のるバスターミナルのさらに裏手側の

エリア。

モイセくん曰く

「このあたりは、もともと万博のために

開発されたエリアだったんすけど、

万博終わっちゃったらなんにも使い道がなくなっちゃって

結果ナイトクラブがボコボコ建つ、っていう(笑)」

だそうな。

というわけでなんか盛り上がってる

クラブに潜入。

オープンエアーなクラブなので

外に音がダダ漏れ。(笑)

中に入ると、

セビージャのどこにこんなパリピ達がいたんだ

っていうくらい、

ブリンブリンなお姉さんやお兄さん達が

所狭しと踊っている(笑)

「音も、基本レゲトンばっかっす」

とはモイセくん。

彼も、たまにこういうところで演奏する機会もあるらしい。

ラムコークで乾杯し、

とりあえず踊っとく。

知らないお姉さんとも

踊っとく。笑

セビージャのパリピ達は、

基本毎週末はこんな感じで、

日曜は回復に充ててくたばり、

月曜はすごくダラダラ仕事に向かうらしい。

医者とかでさえ、

昼くらいまでバルで

クロワッサン食べてたりするらしい。

平和だなぁ(笑)

というわけで、明け方になり

モイセくんと日本での再会を約束し、

しばしの別れ。

演奏してない、っていう(笑)

いや、本当に素晴らしいのです彼の

パーカッションは。

実は

フラメンコギターの徳永兄弟の

最新の3rdアルバムで

彼のパーカッションと僕のベースで

一曲すでに共演しているのです。

レコーディングは別々だったけどね。

そんな事もあり、

コンクールで叩いてもらう事ができたら

とても心強い、と思っていたのですが

今回は叶わず。

という事は次回への楽しみが生まれるというもの。

そんな事を考えながら、

ラムコークで酔ったまま

(これはちょっと酔ってる)

明け方のマドリード行きのバスに

文字通り飛び乗り、セビージャを後にした。

つづく